2015年10月7日水曜日
2015年10月5日月曜日
20151005 クイーンズタウン
今日は1日フリータイム、つうことでございます。ゆっくり寝ているつもりだったのですが、毎日6時に起こされていると目が覚めてしまいます。それでもゆっくりと7時半ごろ食事に行ったのですが、みなさんお出ましがなかなかで、食事を終えて8時過ぎに部屋へ向かうと何人かに遭遇。「Early riser!」といわれます。これって、「早起きだね!」ってことでしょうねぇ。
終日フリータイムですが、夕方はみんなで湖水を走る1912年建造のスティームボートに乗ってBBQへ行くことになっています。
その前に私たちは昼飯付きでゴンドラに乗って山の上に上がることになっています。11時15分だと聞いていたので、ホテルの前で迎えを待っていたのですが、何も起きません。あ、これはきっと自分たちでその時間にゴンドラに行けという意味なんだと気がついたときは11時半のバスの時間。慌ててバスに乗ってSKYLINEの乗り場へ急ぎました。到着したのはお昼ちょっと前。列に並ぶ直前に中国(多分台湾?)観光団の「萬國旅行社」のバスが来るのが見えたのが走り込みました。レセプションのお姉さんにGrand Pacific TourのAlexの名前で昼飯付きで申し込んであると説明。すると彼女はこれをうまく発見。連れ合いが見つけたキューポンを出して、これが適用されるか?と聞いたらこれも大丈夫。このランチなるものがかなりレベルの高いもので、海鮮ものを久しぶりにバフェで見ることができました。お皿に食べ物を載せていると、目の前に若い若い、もはや孫年代の日本人女性が三人いて、思わず声をかけると福岡の観光系の学校で学んでいて、Queenstownで半年間研修しているんだというのだ。今時の若い子たちは恵まれているなぁ。しかしながらお客さんの半分以上はもちろん世界各地からの中国系のお客さんばかりで、会話のほとんどは中国語。
ここのゴンドラは日本のスキー場にありそうな4人乗りのもので、スイスにあるような何十人もいっぺんに乗れるものとは異なるところが意外だったと言っている人たちもいましたね。このゴンドラに若い子供たちがMTBを乗っけて上がってきます。ここにはMTBのダウンヒルコースがあるのだそうで、シーズン開幕だとあちこちに書いてあります。見ている目の前で何人もがMTBにまたがってビュンビュンと降りていきます。
上にはバンジージャンプのプラットフォームがあるかと思うと、二人乗りのリフトがかかっていてブレーキ付きのリュージュ・ダウンヒルが楽しめます。
夕方は17時過ぎにみんながホテル前に集合。バスに乗って桟橋に赴き、なんとタイタニックと同じ年に建造されたという石炭焚きの船に乗って対岸へ渡ります。もう100年以上経っている船ですが、なにしろ航行しているのが湖ということもあって、長持ちしています。ダニーデンの造船所で建造したという銘板がついています。一度あっちで建造し、これをバラしてもう一度この湖の何処かにあるという船台で組み立て直したと説明されています。今だったらなんということもなさそうですが、当時、よくやったなぁということと、船体はともかくエンジンがよく保っているものだと感心します。今でも本当に石炭をたいて動いています。
20151004 ミルフォードサウンド中止
確かに昨日の夕暮れ時になんだか変だなと思わなかったわけではありません。土ボタルを見に行く船がやってくるのを待っている間に、ヴィジターセンターの係員の女性がミルフォードサウンドへ通じる道路が雪崩で「CLOSED」だという掲示を貼っていたのです。その時は気にも留めなかったのです。
ところが今朝、集合時間になっても運転手&ガイドのアレックスがなかなかロビーにやってこなくて出発が遅れていて、どうしたんだろうと思っていたら、彼は道路の様子を伺いに行っていたのでした。
結局一本道は開通する見込みなく、今回はミルフォードサウンドを諦めることになりました。いつか、これをリベンジすることができるのでしょうか。
ところで今朝未明から英国ではラグビーのW杯で外国人(外国生まれの帰化選手を含む)大活躍の日本チームがサモアと試合をしました。テレビでは見ることができませんでした。朝ホテルの朝食のところで、中国人観光客のドライヴァーが私に「日本?」と聞くのです。そうだと言ったら「さっきサモア戦をテレビでやっていたよ」というのです。あ、そうだと朝飯終わってからネットで見ると、なんとサモアに26 - 5で勝っています。後でかの運転手君に「日本が勝ったぞ!」というと目を丸くしていました。目を丸くしているのは君だけじゃない。僕らもびっくりだ。
けっきょくミルフォードサウンドへは行けなかったので、のんびり今日の宿泊予定地、Queenstownへ向かうことになりました。しかし、それにしても朝早く出発してきてしまいましたから、時間が余っています。途中のとても小さな田舎町、KingstonのカフェでSKY.TVが映っているのを見つけて、ここで大休止となりました。なぜかというとまさに豪州対イングランドの試合の生中継中であったのです。
結果として豪州がイングランドを破り、とうとうイングランドは一次リーグで敗退が決定してしまいました。この旅で最初の晩に同じテーブルで食事をしたブリスベンから来ている70歳のフランシスが「イングランドがアウトで、日本がインだって!」と驚きに耐えないという表情でした。
Queenstownに行く前に、そこを通り過ぎて、先にArrowtownへ行って昼食ということになりました。雨の中、まるでTasmaniaのRichmondにでも行ったかのごとき、ちいさな観光の街です。元はと言えばここも金鉱の街だったようです。ちょっと洒落たカフェでチキンサンドとスープのランチをとりましたけれど、なんとこの辺の物価は馬鹿にならない金額です。つくづく日本の物価は安くてくらしやすいことがわかります。
2015年10月3日土曜日
20151003
ダニーデンからテアナウへ
6時半から朝飯をといわれたってすぐさま食べられないんだけれど、中国人の観光団がどかんとやってきたので、時間を早めるということになりました。
Otago半島にあるお城の見学にやってきたました。お城といっても1800年代後半に豪州のジーロングからやってきた大金持ちが建てたもので、それが売り出された後、これを1970年代に購入した一家が四散していた内装品も集めて復旧し、今や観光施設として公開しているものであります。当時の個人の建物としてはなかなか洒落たもので、これは一見の価値があると思います。
何よりも素晴らしいのはこのお城が立っているこの丘のてっぺんからの周囲に広がる景色でございましょう。しかも、朝一番、まったく文句の言いようのない好天に恵まれたこの条件では素晴らしいものがあります。
朝が早かった分、きょうはモーニング・ティーがございます。と思ったら多分これは夕食が遅くなるからでございます。
途中で面白かったのはClintonという街からGoreという街までの40数キロの道の入り口に建てられた「Presidential Highway」という看板です。もちろんアメリカのクリントンとゴアのことにこじつけたものです。
昼ごはんはそのGoreという街でということになりました。街の入り口に大きなブラウントラウトのモニュメントが立っています。チキンサンドイッチとフラットホワイトコーヒーを注文。このコーヒーが飲めるだけでも幸せ。
6時半から朝飯をといわれたってすぐさま食べられないんだけれど、中国人の観光団がどかんとやってきたので、時間を早めるということになりました。
Otago半島にあるお城の見学にやってきたました。お城といっても1800年代後半に豪州のジーロングからやってきた大金持ちが建てたもので、それが売り出された後、これを1970年代に購入した一家が四散していた内装品も集めて復旧し、今や観光施設として公開しているものであります。当時の個人の建物としてはなかなか洒落たもので、これは一見の価値があると思います。
何よりも素晴らしいのはこのお城が立っているこの丘のてっぺんからの周囲に広がる景色でございましょう。しかも、朝一番、まったく文句の言いようのない好天に恵まれたこの条件では素晴らしいものがあります。
朝が早かった分、きょうはモーニング・ティーがございます。と思ったら多分これは夕食が遅くなるからでございます。
途中で面白かったのはClintonという街からGoreという街までの40数キロの道の入り口に建てられた「Presidential Highway」という看板です。もちろんアメリカのクリントンとゴアのことにこじつけたものです。
昼ごはんはそのGoreという街でということになりました。街の入り口に大きなブラウントラウトのモニュメントが立っています。チキンサンドイッチとフラットホワイトコーヒーを注文。このコーヒーが飲めるだけでも幸せ。
2015年10月2日金曜日
20151002 ダニーデン
起床時間はなんと6時です。日本のバスツアーよりも強行軍です。7時に荷物を出して朝食。なぁにちょっとくらい早くたっていいだろうと10分前にダイニングに行ったら、案の定もうすでに何人か食べている。毎朝同じようなメニューでは飽きるねといったら、何いってんだ、うちにいたって毎朝同じようなものを食べているじゃないかってんですな。なるほど、おっしゃる通りでございますな。
このバスはてんでんばらばらに番号を振ってございます。一体どういうことかと思ったら、昨日座った座席についていた番号の次の番号を探して座れってんです。探し出したら、3列ほど後ろの席でございます。明日はどっと前の方に動く様子でこれは困ります。なにしろ眠れなくなっちまいます。というのはいくら前の晩に寝ても、ドライヴァー&ガイドのAlexの英語を聞いていると、あたかもお経を聞いているようで自然に寝入ってしまうのでございます。こんなに英語がわからんものだとは思いませんでした。
Oamaruというなんだか「お余り」のような名前の街で休憩ということになりました。一時間です。こんな田舎町で一時間なんかどうするんだと思っていたら、なんとこの街はアンティークというか、古い町並みそのものが売りのようで、それこそ東欧の街が社会主義のおかげで昔のまま残っていたのが功を奏して観光地になったようです。街のインフォメーションのトイレの前でバスを降りると、そこが古いラジオなんかを積み上げている家です。へぇ、と思いながら入っていったら、本当にコミュニティFM局で、おじさんがヘッドセットをかけて喋っております!
裏の道へ入ってみると、倉庫をそのまま使った昔の衣装で写真を撮る店やら、これでどうだと言わんばかりの骨董品(と言ってもまだガラクタの部類に属するものが大半)の店なんてのが軒を連ねていて、とても一時間では楽しむことができないことがわかりました。 もうこの街は海に面していて高台へ上がってみるとそれはそれは素晴らしい景色が広がっておりました。今日はとても穏やかな海ですが、この海は外海に面していて、まさに太平洋。この東は南米になるというわけです。それにしても海の色がエメラルド色です。
小一時間突っ走っていよいよダニーデンに到着です。ガイドブックにも書いてありましたけれど、この街には長さ161.2mながらなんと47.22mあがっているという恐ろしい斜度の坂道があります。まぁ、サンフランシスコあたりにあってもおかしくはなさそうな斜度。これを見に参りますと、私達の他はもう全員が中国観光団でございます。中国様様は、わが日本国だけではないわけで、こちらもそうとうな「様様」でございます。この坂道はBaldwin Streetと申しますが、この街の要人だった人の名前が付いているんだそうです。わが観光団の人たちが「上がろう!」というわけがございません。
Settlers Museumすなわち入植者博物館でひとまず解散となります。とにかく4時にここへ来ればバスが日ホテルに連れて行ってくれるということだけを確認して、街へくりだします。その前に昼飯だというので、博物館のカフェでサンドイッチとかぼちゃカレースープで腹を満たして、St. Paul’sの教会、プレスビテリアンのファースト教会、美術館、その辺りを巡っているうちに4時に近くなってしまいます。
今日のホテルはメルキュールですが、ここの係りのお姉さんたちの話も全く理解できません。今日は「ハギス・セレモニー」のデモがあります。昼から三人のボランティアを募っておりました。このホテルはwifiに関してはからっきしケチくさくて、無料で繋がるのはたった一時間だけ。その後は二時間5ドル。その後はといえば12時間15ドルだとか言っています。 ホテルのおばさんが夕食は7時だと言っていたのですが、ドライヴァー&ガイドのアレックスは6時から酒が飲めるとか言っていたなぁと思ったのですが、酒は飲まないからと6時50分頃にダイニングへ行ってみると誰もいない。他の団体だけだ。あれ?という顔をしたら、係りのお姉さんがOast Hallでどうのこうのというわけです。あれま!連れて行ってもらうと、これはどうやらEastのことのようで、今やみんなが椅子に座り、ボランティアの三人がスコットランド衣装が描かれた前掛けをつけてバグパイプと本チャンの格好をしたおじさんに挟まれております。
このおじさんがこれまた全くのスコッティッシュ訛りで全く理解不能!まさに言葉の通じないところに来たという雰囲気そのものです。「ハギス」ってのは羊の内臓を腸詰にしたものだそうで、いって見れば「レバー・ペースト」です。私は羊が苦手な上に、ホルモン系はダメだし、その上ペースト大っ嫌いですから、当然無理! それよりもボランティアに手を挙げた一番のひょうきんおじいさんの演技が最高におかしくて、言葉がわからなくてもそれで大笑いをしました。
このバスはてんでんばらばらに番号を振ってございます。一体どういうことかと思ったら、昨日座った座席についていた番号の次の番号を探して座れってんです。探し出したら、3列ほど後ろの席でございます。明日はどっと前の方に動く様子でこれは困ります。なにしろ眠れなくなっちまいます。というのはいくら前の晩に寝ても、ドライヴァー&ガイドのAlexの英語を聞いていると、あたかもお経を聞いているようで自然に寝入ってしまうのでございます。こんなに英語がわからんものだとは思いませんでした。
Oamaruというなんだか「お余り」のような名前の街で休憩ということになりました。一時間です。こんな田舎町で一時間なんかどうするんだと思っていたら、なんとこの街はアンティークというか、古い町並みそのものが売りのようで、それこそ東欧の街が社会主義のおかげで昔のまま残っていたのが功を奏して観光地になったようです。街のインフォメーションのトイレの前でバスを降りると、そこが古いラジオなんかを積み上げている家です。へぇ、と思いながら入っていったら、本当にコミュニティFM局で、おじさんがヘッドセットをかけて喋っております!
裏の道へ入ってみると、倉庫をそのまま使った昔の衣装で写真を撮る店やら、これでどうだと言わんばかりの骨董品(と言ってもまだガラクタの部類に属するものが大半)の店なんてのが軒を連ねていて、とても一時間では楽しむことができないことがわかりました。 もうこの街は海に面していて高台へ上がってみるとそれはそれは素晴らしい景色が広がっておりました。今日はとても穏やかな海ですが、この海は外海に面していて、まさに太平洋。この東は南米になるというわけです。それにしても海の色がエメラルド色です。
小一時間突っ走っていよいよダニーデンに到着です。ガイドブックにも書いてありましたけれど、この街には長さ161.2mながらなんと47.22mあがっているという恐ろしい斜度の坂道があります。まぁ、サンフランシスコあたりにあってもおかしくはなさそうな斜度。これを見に参りますと、私達の他はもう全員が中国観光団でございます。中国様様は、わが日本国だけではないわけで、こちらもそうとうな「様様」でございます。この坂道はBaldwin Streetと申しますが、この街の要人だった人の名前が付いているんだそうです。わが観光団の人たちが「上がろう!」というわけがございません。
Settlers Museumすなわち入植者博物館でひとまず解散となります。とにかく4時にここへ来ればバスが日ホテルに連れて行ってくれるということだけを確認して、街へくりだします。その前に昼飯だというので、博物館のカフェでサンドイッチとかぼちゃカレースープで腹を満たして、St. Paul’sの教会、プレスビテリアンのファースト教会、美術館、その辺りを巡っているうちに4時に近くなってしまいます。
今日のホテルはメルキュールですが、ここの係りのお姉さんたちの話も全く理解できません。今日は「ハギス・セレモニー」のデモがあります。昼から三人のボランティアを募っておりました。このホテルはwifiに関してはからっきしケチくさくて、無料で繋がるのはたった一時間だけ。その後は二時間5ドル。その後はといえば12時間15ドルだとか言っています。 ホテルのおばさんが夕食は7時だと言っていたのですが、ドライヴァー&ガイドのアレックスは6時から酒が飲めるとか言っていたなぁと思ったのですが、酒は飲まないからと6時50分頃にダイニングへ行ってみると誰もいない。他の団体だけだ。あれ?という顔をしたら、係りのお姉さんがOast Hallでどうのこうのというわけです。あれま!連れて行ってもらうと、これはどうやらEastのことのようで、今やみんなが椅子に座り、ボランティアの三人がスコットランド衣装が描かれた前掛けをつけてバグパイプと本チャンの格好をしたおじさんに挟まれております。
このおじさんがこれまた全くのスコッティッシュ訛りで全く理解不能!まさに言葉の通じないところに来たという雰囲気そのものです。「ハギス」ってのは羊の内臓を腸詰にしたものだそうで、いって見れば「レバー・ペースト」です。私は羊が苦手な上に、ホルモン系はダメだし、その上ペースト大っ嫌いですから、当然無理! それよりもボランティアに手を挙げた一番のひょうきんおじいさんの演技が最高におかしくて、言葉がわからなくてもそれで大笑いをしました。
2015年10月1日木曜日
20151001 バスツアーの始まり
朝 6時半に目覚ましコールがピリピリとなります。慌てて身支度を整え、朝飯に参ります。今日一緒のテーブルになったのはOregonのPortlandからやってきたご夫婦で、だんなが私の友人を彷彿とさせる人です。
いやいや、6時半なんて時間に起き出して、飯を食ったらバスに乗って走り出したら、まぁ、眠い眠い!ちょっと油断したらすぐに寝てしまう。それもドライバーガイドのキーウィーのおじさんのしゃべる英語が全くわからないからだ。英語なんじゃないんだろうと思うくらいにわからない。
やっぱり、豪州人もNZ人もかれらの発音は「a」はほとんど「ぇあい」というふうに聞こえます。これはもう周知の事実だけれど、ベラベラと喋られたら、これはなかなか捉えにくい。かつてオージーの中に入って仕事をしていた私の友人がよく耐えたものだと今になってようやく感心する。彼は単身、1年以上にわたって彼らの中に入ってやり合ってきたんだから、頭がさがる想いだ。その後どうしているんだろう、もう10年以上連絡していない。
クライストチャーチから一気に南下し、Geraldinという街のBakeryで昼飯にします。CLTと書いてあるサンドイッチとなんだかわからないミートパイをとり、なつかしのFlat White Coffeeを頼む。ちょっとやっぱり失敗だったかもなぁ。今度からこんな時は野菜サンドに徹することにしようと心に誓う。アハハ!どうも脂っぽいんだよなぁ、ミートパイは。
この小さな街にもmotelがあって、洒落たチーズ店やら、ジャム屋さんやらが軒を並べている。
今度はすっ飛ばしてLake Tekapoにやってきましたぞ。聞いたことがあります、この名前。
次にやってきたのはLake Pukakiでございます。氷河から流れ出した水が作っている湖ですから、その水の色の素晴らしさは誰しもが息を呑もうというものでございますな。ここにはMt.Cook Alpine Salmonというものを売っているお店がぽつんと立っております。その店ではスモークト・サーモンを売っていて、そのカウンターにはなんと割り箸、醤油、わさび、ガリの甘酢漬けを置いているんです。どういうこと!?
昨日夕食で一緒になったブリスベンから来られたご夫婦の奥さんが、食事の時に、「ご飯をどれくらい食べるか?」と聞くのでどういうことかと思ったら、昨日のNZの新聞に、日本人の子供の平均余命は世界で一番長いと。NYCに住む日本人の母親がやっぱり日本食がいいんだという話をしている。ファストフードが良くないんだというのは米・加・豪・NZでも知られている話なんだろうけれど、この記事の中でこの人は日本には昔からの言い伝えとして「腹八分目の医者知らず」を引用している。しかし、日本人もどんどんファストフード化しているからなぁ。
もはや豪州もNZもほとんど中国勢力の手中に堕ちていて、どんな地方の観光地、どんな辺鄙なところの観光地へ行っても、必ず中華レストランが存在し、かれらはそこへ集中して食事をしています。そしておみやげ屋さんの店先には、日本語の表示もかろうじて残っていたりしますが、必ず中国語の表示があって、日本語表示は過去の残り物でしかありません。次に看板を新しくする時には削除されるんでしょう。つまりかつての日本人観光客も今の中国観光客と同じだったわけです。
しかし、大きく異なるのは当時の日本人は単なる観光客でしかなかったのですが、今の中国人の方々は単なる観光客ではなくて、多くの人たちが移り住んできています。豪州の人がいうのには、今の不動産の高騰の大きな部分は中国資本によって買われていることが大きな力となっているというのですね。いや、それだってかつて聞いたことがあるような話じゃありませんか。NYCのリンカーンセンターを日本資本がどうのこうのという話があったような気がしますが。
いやいや、6時半なんて時間に起き出して、飯を食ったらバスに乗って走り出したら、まぁ、眠い眠い!ちょっと油断したらすぐに寝てしまう。それもドライバーガイドのキーウィーのおじさんのしゃべる英語が全くわからないからだ。英語なんじゃないんだろうと思うくらいにわからない。
やっぱり、豪州人もNZ人もかれらの発音は「a」はほとんど「ぇあい」というふうに聞こえます。これはもう周知の事実だけれど、ベラベラと喋られたら、これはなかなか捉えにくい。かつてオージーの中に入って仕事をしていた私の友人がよく耐えたものだと今になってようやく感心する。彼は単身、1年以上にわたって彼らの中に入ってやり合ってきたんだから、頭がさがる想いだ。その後どうしているんだろう、もう10年以上連絡していない。
クライストチャーチから一気に南下し、Geraldinという街のBakeryで昼飯にします。CLTと書いてあるサンドイッチとなんだかわからないミートパイをとり、なつかしのFlat White Coffeeを頼む。ちょっとやっぱり失敗だったかもなぁ。今度からこんな時は野菜サンドに徹することにしようと心に誓う。アハハ!どうも脂っぽいんだよなぁ、ミートパイは。
この小さな街にもmotelがあって、洒落たチーズ店やら、ジャム屋さんやらが軒を並べている。
今度はすっ飛ばしてLake Tekapoにやってきましたぞ。聞いたことがあります、この名前。
次にやってきたのはLake Pukakiでございます。氷河から流れ出した水が作っている湖ですから、その水の色の素晴らしさは誰しもが息を呑もうというものでございますな。ここにはMt.Cook Alpine Salmonというものを売っているお店がぽつんと立っております。その店ではスモークト・サーモンを売っていて、そのカウンターにはなんと割り箸、醤油、わさび、ガリの甘酢漬けを置いているんです。どういうこと!?
昨日夕食で一緒になったブリスベンから来られたご夫婦の奥さんが、食事の時に、「ご飯をどれくらい食べるか?」と聞くのでどういうことかと思ったら、昨日のNZの新聞に、日本人の子供の平均余命は世界で一番長いと。NYCに住む日本人の母親がやっぱり日本食がいいんだという話をしている。ファストフードが良くないんだというのは米・加・豪・NZでも知られている話なんだろうけれど、この記事の中でこの人は日本には昔からの言い伝えとして「腹八分目の医者知らず」を引用している。しかし、日本人もどんどんファストフード化しているからなぁ。
もはや豪州もNZもほとんど中国勢力の手中に堕ちていて、どんな地方の観光地、どんな辺鄙なところの観光地へ行っても、必ず中華レストランが存在し、かれらはそこへ集中して食事をしています。そしておみやげ屋さんの店先には、日本語の表示もかろうじて残っていたりしますが、必ず中国語の表示があって、日本語表示は過去の残り物でしかありません。次に看板を新しくする時には削除されるんでしょう。つまりかつての日本人観光客も今の中国観光客と同じだったわけです。
しかし、大きく異なるのは当時の日本人は単なる観光客でしかなかったのですが、今の中国人の方々は単なる観光客ではなくて、多くの人たちが移り住んできています。豪州の人がいうのには、今の不動産の高騰の大きな部分は中国資本によって買われていることが大きな力となっているというのですね。いや、それだってかつて聞いたことがあるような話じゃありませんか。NYCのリンカーンセンターを日本資本がどうのこうのという話があったような気がしますが。
20150929 クライストチャーチ
28日がどこかへ行ってしまって、私たちがオークランドへ到着したのは29日の早朝午前5時前のことです。検疫はニュージランドは豪州に負けず劣らずかなりうるさいです。入管はたいしたこともございませんけれど、税関が大変です。といってもよほどのことがなければ大丈夫ですが、食べ物には豪州同様かなり気を使っています。
申告書に食べ物を持ち込んでいないか?と聞いている項目がありますが、カバンそのものをX線に通します。私のスーツケースも引っかかって、おじさんが「なにかジャムの瓶のようなものがあるぞ」と言って開けてくれといいました。いや、すごいな、まさに図星で、ヨセミテのスーパーで買ったジャムがひと瓶手づかずで入っています。あ、そうだ、「コーヒーも持っているけれどね」と言ったらそんなのには目もくれず、彼が見つけたのはやっぱりアメリカで買ったスープの缶詰。ジャムは開けていないのを確認して無罪放免。
やっぱりビーグル犬がいます。前回うちのかあちゃんはバナナを持っていて、慌てて手前のゴミ箱に捨てたものの、匂いはしっかり残って、ビーグル犬に検出されておりました。
荷物をAir NZのドメスティック・トランスファーのドロップオフに乗っけて、ドメスティック・ターミナルまで歩きます。「寒いから無料のシャトルに乗っていけるよ」と教えられたのですが、今日は歩いていないからと歩きました。結構あります。
ゲート29に行くと、今まさに前のChristchurch行きの便の搭乗が始まったところでした。それから約1時間半の待ち時間ですが、この路線はモノクラスでラウンジが使えません。じっと眠い目をこすりながら、30分だけ無料のwifiを動かしました。
Air NZのこのフライトは新品のA320で3列3列のモノクラスです。幸い私たちの席は2Aと2Bで、乗り降りも楽でした。2回も乗り継いだのに、バゲッジも無事に手元について、ほっと一息です。
ツアー会社からは空港へ向かいを出すからというものでしたが、なにしろ空港に誰かに迎えに来てもらうという経験がないので、どういう態度をとって良いのかわからなかったのですが、すぐ横にGrand Pacificという会社の札を持った男の人がいてくれて、わかりました。このフライトで到着したのは私たちだけのようで、すぐさまホテルへ。沿道はまさに桜が満開です。しかも、あっちにもこっちにも、あれよあれよというくらいにたくさんの桜の木があって、どれもこれもが花が満開です。聞いてねぇよ、と思わず叫びたいくらいに桜が満開です。みんな、花見に繰り出そうじゃないか!
ホテルはなんだか英国風の建物のモーテルです。14時まで部屋が準備できないから、その時に来てくれと言われ、朝ごはんを食べるならご案内しますよ、というので「テューダー」という名前のレストランに上がりました。朝ごはんのバフェだというのですが、フロントの人がヴァウチャーがどうのこうのといったので、てっきりタダだと思ったらなんとひとり23ドルもする朝飯でした。ことばで確認しろよ、とまた自分に言い聞かせます。
街の中心までどれくらい?と聞いたら歩いても20分だというので、歩きました。街の中心はもちろん、あの時の地震で崩壊してしまった大聖堂な訳ですが、迂闊なことに私はこの大聖堂はカソリックかと思っていたのですが、ニュージーランドなんですから英国国教会なのですね。それがわかったのは日本人のバンシゲル(坂茂)がデザインしたというカードボード大聖堂を見たからなんですね。それまではそうとは知らず。
街の中を古いトラムがぐるぐると回っています。その大聖堂のそばの乗り場に行ったら、どう見ても日本人訛りの英語を喋る切符売りのおじさんがいます。トラムの乗車券はホップオン、ホップオフで20ドルするというのですが、これは日本円に換算したら1,600円にもなるわけですから逡巡していました。しかし、どうやらこれはこの街の中心地を見るのには効率が良さそうだとわかったので、ボタニカル・ガーデンのガイドツアー付きでひとり35ドルという切符を買いました。なんでもこの切符売りのおじさんは19年前にここに来たんだそうで、それからクライストチャーチも大きく変わったとおっしゃっておいでです。
うちのかあちゃんが初めて来たのは1995年のことですから、ほぼ同じ頃。あそこにKFCがあったという話で検証できました。アハハ!
ここのお庭は広大な公園の一角にあり、驚くことに中国から来たメタセコイヤというものまであります。そうだったのか! 彼にスーパーマーケットの位置を聞き、また歩きます。
申告書に食べ物を持ち込んでいないか?と聞いている項目がありますが、カバンそのものをX線に通します。私のスーツケースも引っかかって、おじさんが「なにかジャムの瓶のようなものがあるぞ」と言って開けてくれといいました。いや、すごいな、まさに図星で、ヨセミテのスーパーで買ったジャムがひと瓶手づかずで入っています。あ、そうだ、「コーヒーも持っているけれどね」と言ったらそんなのには目もくれず、彼が見つけたのはやっぱりアメリカで買ったスープの缶詰。ジャムは開けていないのを確認して無罪放免。
やっぱりビーグル犬がいます。前回うちのかあちゃんはバナナを持っていて、慌てて手前のゴミ箱に捨てたものの、匂いはしっかり残って、ビーグル犬に検出されておりました。
荷物をAir NZのドメスティック・トランスファーのドロップオフに乗っけて、ドメスティック・ターミナルまで歩きます。「寒いから無料のシャトルに乗っていけるよ」と教えられたのですが、今日は歩いていないからと歩きました。結構あります。
ゲート29に行くと、今まさに前のChristchurch行きの便の搭乗が始まったところでした。それから約1時間半の待ち時間ですが、この路線はモノクラスでラウンジが使えません。じっと眠い目をこすりながら、30分だけ無料のwifiを動かしました。
Air NZのこのフライトは新品のA320で3列3列のモノクラスです。幸い私たちの席は2Aと2Bで、乗り降りも楽でした。2回も乗り継いだのに、バゲッジも無事に手元について、ほっと一息です。
ツアー会社からは空港へ向かいを出すからというものでしたが、なにしろ空港に誰かに迎えに来てもらうという経験がないので、どういう態度をとって良いのかわからなかったのですが、すぐ横にGrand Pacificという会社の札を持った男の人がいてくれて、わかりました。このフライトで到着したのは私たちだけのようで、すぐさまホテルへ。沿道はまさに桜が満開です。しかも、あっちにもこっちにも、あれよあれよというくらいにたくさんの桜の木があって、どれもこれもが花が満開です。聞いてねぇよ、と思わず叫びたいくらいに桜が満開です。みんな、花見に繰り出そうじゃないか!
ホテルはなんだか英国風の建物のモーテルです。14時まで部屋が準備できないから、その時に来てくれと言われ、朝ごはんを食べるならご案内しますよ、というので「テューダー」という名前のレストランに上がりました。朝ごはんのバフェだというのですが、フロントの人がヴァウチャーがどうのこうのといったので、てっきりタダだと思ったらなんとひとり23ドルもする朝飯でした。ことばで確認しろよ、とまた自分に言い聞かせます。
街の中心までどれくらい?と聞いたら歩いても20分だというので、歩きました。街の中心はもちろん、あの時の地震で崩壊してしまった大聖堂な訳ですが、迂闊なことに私はこの大聖堂はカソリックかと思っていたのですが、ニュージーランドなんですから英国国教会なのですね。それがわかったのは日本人のバンシゲル(坂茂)がデザインしたというカードボード大聖堂を見たからなんですね。それまではそうとは知らず。
街の中を古いトラムがぐるぐると回っています。その大聖堂のそばの乗り場に行ったら、どう見ても日本人訛りの英語を喋る切符売りのおじさんがいます。トラムの乗車券はホップオン、ホップオフで20ドルするというのですが、これは日本円に換算したら1,600円にもなるわけですから逡巡していました。しかし、どうやらこれはこの街の中心地を見るのには効率が良さそうだとわかったので、ボタニカル・ガーデンのガイドツアー付きでひとり35ドルという切符を買いました。なんでもこの切符売りのおじさんは19年前にここに来たんだそうで、それからクライストチャーチも大きく変わったとおっしゃっておいでです。
うちのかあちゃんが初めて来たのは1995年のことですから、ほぼ同じ頃。あそこにKFCがあったという話で検証できました。アハハ!
ここのお庭は広大な公園の一角にあり、驚くことに中国から来たメタセコイヤというものまであります。そうだったのか! 彼にスーパーマーケットの位置を聞き、また歩きます。
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