2015年10月5日月曜日

20151004 ミルフォードサウンド中止


 確かに昨日の夕暮れ時になんだか変だなと思わなかったわけではありません。土ボタルを見に行く船がやってくるのを待っている間に、ヴィジターセンターの係員の女性がミルフォードサウンドへ通じる道路が雪崩で「CLOSED」だという掲示を貼っていたのです。その時は気にも留めなかったのです。

 ところが今朝、集合時間になっても運転手&ガイドのアレックスがなかなかロビーにやってこなくて出発が遅れていて、どうしたんだろうと思っていたら、彼は道路の様子を伺いに行っていたのでした。

 結局一本道は開通する見込みなく、今回はミルフォードサウンドを諦めることになりました。いつか、これをリベンジすることができるのでしょうか。

 ところで今朝未明から英国ではラグビーのW杯で外国人(外国生まれの帰化選手を含む)大活躍の日本チームがサモアと試合をしました。テレビでは見ることができませんでした。朝ホテルの朝食のところで、中国人観光客のドライヴァーが私に「日本?」と聞くのです。そうだと言ったら「さっきサモア戦をテレビでやっていたよ」というのです。あ、そうだと朝飯終わってからネットで見ると、なんとサモアに26 - 5で勝っています。後でかの運転手君に「日本が勝ったぞ!」というと目を丸くしていました。目を丸くしているのは君だけじゃない。僕らもびっくりだ。

 けっきょくミルフォードサウンドへは行けなかったので、のんびり今日の宿泊予定地、Queenstownへ向かうことになりました。しかし、それにしても朝早く出発してきてしまいましたから、時間が余っています。途中のとても小さな田舎町、KingstonのカフェでSKY.TVが映っているのを見つけて、ここで大休止となりました。なぜかというとまさに豪州対イングランドの試合の生中継中であったのです。
 結果として豪州がイングランドを破り、とうとうイングランドは一次リーグで敗退が決定してしまいました。この旅で最初の晩に同じテーブルで食事をしたブリスベンから来ている70歳のフランシスが「イングランドがアウトで、日本がインだって!」と驚きに耐えないという表情でした。

 Queenstownに行く前に、そこを通り過ぎて、先にArrowtownへ行って昼食ということになりました。雨の中、まるでTasmaniaのRichmondにでも行ったかのごとき、ちいさな観光の街です。元はと言えばここも金鉱の街だったようです。ちょっと洒落たカフェでチキンサンドとスープのランチをとりましたけれど、なんとこの辺の物価は馬鹿にならない金額です。つくづく日本の物価は安くてくらしやすいことがわかります。


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2015年10月3日土曜日

20151003

 ダニーデンからテアナウへ

 6時半から朝飯をといわれたってすぐさま食べられないんだけれど、中国人の観光団がどかんとやってきたので、時間を早めるということになりました。
 Otago半島にあるお城の見学にやってきたました。お城といっても1800年代後半に豪州のジーロングからやってきた大金持ちが建てたもので、それが売り出された後、これを1970年代に購入した一家が四散していた内装品も集めて復旧し、今や観光施設として公開しているものであります。当時の個人の建物としてはなかなか洒落たもので、これは一見の価値があると思います。
 何よりも素晴らしいのはこのお城が立っているこの丘のてっぺんからの周囲に広がる景色でございましょう。しかも、朝一番、まったく文句の言いようのない好天に恵まれたこの条件では素晴らしいものがあります。
 朝が早かった分、きょうはモーニング・ティーがございます。と思ったら多分これは夕食が遅くなるからでございます。
 途中で面白かったのはClintonという街からGoreという街までの40数キロの道の入り口に建てられた「Presidential Highway」という看板です。もちろんアメリカのクリントンとゴアのことにこじつけたものです。
 昼ごはんはそのGoreという街でということになりました。街の入り口に大きなブラウントラウトのモニュメントが立っています。チキンサンドイッチとフラットホワイトコーヒーを注文。このコーヒーが飲めるだけでも幸せ。

2015年10月2日金曜日

20151002 ダニーデン

起床時間はなんと6時です。日本のバスツアーよりも強行軍です。7時に荷物を出して朝食。なぁにちょっとくらい早くたっていいだろうと10分前にダイニングに行ったら、案の定もうすでに何人か食べている。毎朝同じようなメニューでは飽きるねといったら、何いってんだ、うちにいたって毎朝同じようなものを食べているじゃないかってんですな。なるほど、おっしゃる通りでございますな。

  このバスはてんでんばらばらに番号を振ってございます。一体どういうことかと思ったら、昨日座った座席についていた番号の次の番号を探して座れってんです。探し出したら、3列ほど後ろの席でございます。明日はどっと前の方に動く様子でこれは困ります。なにしろ眠れなくなっちまいます。というのはいくら前の晩に寝ても、ドライヴァー&ガイドのAlexの英語を聞いていると、あたかもお経を聞いているようで自然に寝入ってしまうのでございます。こんなに英語がわからんものだとは思いませんでした。


Oamaruというなんだか「お余り」のような名前の街で休憩ということになりました。一時間です。こんな田舎町で一時間なんかどうするんだと思っていたら、なんとこの街はアンティークというか、古い町並みそのものが売りのようで、それこそ東欧の街が社会主義のおかげで昔のまま残っていたのが功を奏して観光地になったようです。街のインフォメーションのトイレの前でバスを降りると、そこが古いラジオなんかを積み上げている家です。へぇ、と思いながら入っていったら、本当にコミュニティFM局で、おじさんがヘッドセットをかけて喋っております! 

 裏の道へ入ってみると、倉庫をそのまま使った昔の衣装で写真を撮る店やら、これでどうだと言わんばかりの骨董品(と言ってもまだガラクタの部類に属するものが大半)の店なんてのが軒を連ねていて、とても一時間では楽しむことができないことがわかりました。  もうこの街は海に面していて高台へ上がってみるとそれはそれは素晴らしい景色が広がっておりました。今日はとても穏やかな海ですが、この海は外海に面していて、まさに太平洋。この東は南米になるというわけです。それにしても海の色がエメラルド色です。


小一時間突っ走っていよいよダニーデンに到着です。ガイドブックにも書いてありましたけれど、この街には長さ161.2mながらなんと47.22mあがっているという恐ろしい斜度の坂道があります。まぁ、サンフランシスコあたりにあってもおかしくはなさそうな斜度。これを見に参りますと、私達の他はもう全員が中国観光団でございます。中国様様は、わが日本国だけではないわけで、こちらもそうとうな「様様」でございます。この坂道はBaldwin Streetと申しますが、この街の要人だった人の名前が付いているんだそうです。わが観光団の人たちが「上がろう!」というわけがございません。



  Settlers Museumすなわち入植者博物館でひとまず解散となります。とにかく4時にここへ来ればバスが日ホテルに連れて行ってくれるということだけを確認して、街へくりだします。その前に昼飯だというので、博物館のカフェでサンドイッチとかぼちゃカレースープで腹を満たして、St. Paul’sの教会、プレスビテリアンのファースト教会、美術館、その辺りを巡っているうちに4時に近くなってしまいます。

  今日のホテルはメルキュールですが、ここの係りのお姉さんたちの話も全く理解できません。今日は「ハギス・セレモニー」のデモがあります。昼から三人のボランティアを募っておりました。このホテルはwifiに関してはからっきしケチくさくて、無料で繋がるのはたった一時間だけ。その後は二時間5ドル。その後はといえば12時間15ドルだとか言っています。  ホテルのおばさんが夕食は7時だと言っていたのですが、ドライヴァー&ガイドのアレックスは6時から酒が飲めるとか言っていたなぁと思ったのですが、酒は飲まないからと6時50分頃にダイニングへ行ってみると誰もいない。他の団体だけだ。あれ?という顔をしたら、係りのお姉さんがOast Hallでどうのこうのというわけです。あれま!連れて行ってもらうと、これはどうやらEastのことのようで、今やみんなが椅子に座り、ボランティアの三人がスコットランド衣装が描かれた前掛けをつけてバグパイプと本チャンの格好をしたおじさんに挟まれております。

  このおじさんがこれまた全くのスコッティッシュ訛りで全く理解不能!まさに言葉の通じないところに来たという雰囲気そのものです。「ハギス」ってのは羊の内臓を腸詰にしたものだそうで、いって見れば「レバー・ペースト」です。私は羊が苦手な上に、ホルモン系はダメだし、その上ペースト大っ嫌いですから、当然無理!  それよりもボランティアに手を挙げた一番のひょうきんおじいさんの演技が最高におかしくて、言葉がわからなくてもそれで大笑いをしました。


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2015年10月1日木曜日

20151001 バスツアーの始まり

 朝 6時半に目覚ましコールがピリピリとなります。慌てて身支度を整え、朝飯に参ります。今日一緒のテーブルになったのはOregonのPortlandからやってきたご夫婦で、だんなが私の友人を彷彿とさせる人です。

 いやいや、6時半なんて時間に起き出して、飯を食ったらバスに乗って走り出したら、まぁ、眠い眠い!ちょっと油断したらすぐに寝てしまう。それもドライバーガイドのキーウィーのおじさんのしゃべる英語が全くわからないからだ。英語なんじゃないんだろうと思うくらいにわからない。

  やっぱり、豪州人もNZ人もかれらの発音は「a」はほとんど「ぇあい」というふうに聞こえます。これはもう周知の事実だけれど、ベラベラと喋られたら、これはなかなか捉えにくい。かつてオージーの中に入って仕事をしていた私の友人がよく耐えたものだと今になってようやく感心する。彼は単身、1年以上にわたって彼らの中に入ってやり合ってきたんだから、頭がさがる想いだ。その後どうしているんだろう、もう10年以上連絡していない。

  クライストチャーチから一気に南下し、Geraldinという街のBakeryで昼飯にします。CLTと書いてあるサンドイッチとなんだかわからないミートパイをとり、なつかしのFlat White Coffeeを頼む。ちょっとやっぱり失敗だったかもなぁ。今度からこんな時は野菜サンドに徹することにしようと心に誓う。アハハ!どうも脂っぽいんだよなぁ、ミートパイは。
この小さな街にもmotelがあって、洒落たチーズ店やら、ジャム屋さんやらが軒を並べている。

  今度はすっ飛ばしてLake Tekapoにやってきましたぞ。聞いたことがあります、この名前。
  次にやってきたのはLake Pukakiでございます。氷河から流れ出した水が作っている湖ですから、その水の色の素晴らしさは誰しもが息を呑もうというものでございますな。ここにはMt.Cook Alpine Salmonというものを売っているお店がぽつんと立っております。その店ではスモークト・サーモンを売っていて、そのカウンターにはなんと割り箸、醤油、わさび、ガリの甘酢漬けを置いているんです。どういうこと!?

  昨日夕食で一緒になったブリスベンから来られたご夫婦の奥さんが、食事の時に、「ご飯をどれくらい食べるか?」と聞くのでどういうことかと思ったら、昨日のNZの新聞に、日本人の子供の平均余命は世界で一番長いと。NYCに住む日本人の母親がやっぱり日本食がいいんだという話をしている。ファストフードが良くないんだというのは米・加・豪・NZでも知られている話なんだろうけれど、この記事の中でこの人は日本には昔からの言い伝えとして「腹八分目の医者知らず」を引用している。しかし、日本人もどんどんファストフード化しているからなぁ。

  もはや豪州もNZもほとんど中国勢力の手中に堕ちていて、どんな地方の観光地、どんな辺鄙なところの観光地へ行っても、必ず中華レストランが存在し、かれらはそこへ集中して食事をしています。そしておみやげ屋さんの店先には、日本語の表示もかろうじて残っていたりしますが、必ず中国語の表示があって、日本語表示は過去の残り物でしかありません。次に看板を新しくする時には削除されるんでしょう。つまりかつての日本人観光客も今の中国観光客と同じだったわけです。
  しかし、大きく異なるのは当時の日本人は単なる観光客でしかなかったのですが、今の中国人の方々は単なる観光客ではなくて、多くの人たちが移り住んできています。豪州の人がいうのには、今の不動産の高騰の大きな部分は中国資本によって買われていることが大きな力となっているというのですね。いや、それだってかつて聞いたことがあるような話じゃありませんか。NYCのリンカーンセンターを日本資本がどうのこうのという話があったような気がしますが。


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20150929 クライストチャーチ

28日がどこかへ行ってしまって、私たちがオークランドへ到着したのは29日の早朝午前5時前のことです。検疫はニュージランドは豪州に負けず劣らずかなりうるさいです。入管はたいしたこともございませんけれど、税関が大変です。といってもよほどのことがなければ大丈夫ですが、食べ物には豪州同様かなり気を使っています。

 申告書に食べ物を持ち込んでいないか?と聞いている項目がありますが、カバンそのものをX線に通します。私のスーツケースも引っかかって、おじさんが「なにかジャムの瓶のようなものがあるぞ」と言って開けてくれといいました。いや、すごいな、まさに図星で、ヨセミテのスーパーで買ったジャムがひと瓶手づかずで入っています。あ、そうだ、「コーヒーも持っているけれどね」と言ったらそんなのには目もくれず、彼が見つけたのはやっぱりアメリカで買ったスープの缶詰。ジャムは開けていないのを確認して無罪放免。

  やっぱりビーグル犬がいます。前回うちのかあちゃんはバナナを持っていて、慌てて手前のゴミ箱に捨てたものの、匂いはしっかり残って、ビーグル犬に検出されておりました。
荷物をAir NZのドメスティック・トランスファーのドロップオフに乗っけて、ドメスティック・ターミナルまで歩きます。「寒いから無料のシャトルに乗っていけるよ」と教えられたのですが、今日は歩いていないからと歩きました。結構あります。

  ゲート29に行くと、今まさに前のChristchurch行きの便の搭乗が始まったところでした。それから約1時間半の待ち時間ですが、この路線はモノクラスでラウンジが使えません。じっと眠い目をこすりながら、30分だけ無料のwifiを動かしました。

  Air NZのこのフライトは新品のA320で3列3列のモノクラスです。幸い私たちの席は2Aと2Bで、乗り降りも楽でした。2回も乗り継いだのに、バゲッジも無事に手元について、ほっと一息です。

  ツアー会社からは空港へ向かいを出すからというものでしたが、なにしろ空港に誰かに迎えに来てもらうという経験がないので、どういう態度をとって良いのかわからなかったのですが、すぐ横にGrand Pacificという会社の札を持った男の人がいてくれて、わかりました。このフライトで到着したのは私たちだけのようで、すぐさまホテルへ。沿道はまさに桜が満開です。しかも、あっちにもこっちにも、あれよあれよというくらいにたくさんの桜の木があって、どれもこれもが花が満開です。聞いてねぇよ、と思わず叫びたいくらいに桜が満開です。みんな、花見に繰り出そうじゃないか!

ホテルはなんだか英国風の建物のモーテルです。14時まで部屋が準備できないから、その時に来てくれと言われ、朝ごはんを食べるならご案内しますよ、というので「テューダー」という名前のレストランに上がりました。朝ごはんのバフェだというのですが、フロントの人がヴァウチャーがどうのこうのといったので、てっきりタダだと思ったらなんとひとり23ドルもする朝飯でした。ことばで確認しろよ、とまた自分に言い聞かせます。

 街の中心までどれくらい?と聞いたら歩いても20分だというので、歩きました。街の中心はもちろん、あの時の地震で崩壊してしまった大聖堂な訳ですが、迂闊なことに私はこの大聖堂はカソリックかと思っていたのですが、ニュージーランドなんですから英国国教会なのですね。それがわかったのは日本人のバンシゲル(坂茂)がデザインしたというカードボード大聖堂を見たからなんですね。それまではそうとは知らず。

街の中を古いトラムがぐるぐると回っています。その大聖堂のそばの乗り場に行ったら、どう見ても日本人訛りの英語を喋る切符売りのおじさんがいます。トラムの乗車券はホップオン、ホップオフで20ドルするというのですが、これは日本円に換算したら1,600円にもなるわけですから逡巡していました。しかし、どうやらこれはこの街の中心地を見るのには効率が良さそうだとわかったので、ボタニカル・ガーデンのガイドツアー付きでひとり35ドルという切符を買いました。なんでもこの切符売りのおじさんは19年前にここに来たんだそうで、それからクライストチャーチも大きく変わったとおっしゃっておいでです。

 うちのかあちゃんが初めて来たのは1995年のことですから、ほぼ同じ頃。あそこにKFCがあったという話で検証できました。アハハ!

ここのお庭は広大な公園の一角にあり、驚くことに中国から来たメタセコイヤというものまであります。そうだったのか!  彼にスーパーマーケットの位置を聞き、また歩きます。


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2015年9月29日火曜日

20150927 一日失う。

 日曜日のSeattleの朝はきりりと引き締まる良い天気です。マウント・レーニアがよく見えております。ホテルのチェックアウト時間は正午だというので、のんびりと過ごそうという算段です。午前5時半に一度目が覚め、小一時間ほどホテルのwifiを楽しんで二度寝という贅沢です。

 二度目に目が覚めたらなんともうすでに9時半近くになっています。ホテルの朝飯は10時までといっていましたから、かねての打ち合わせの通り、裏のデニーズへ赴きました。  デニーズ!なんて久し振りなんだろうか。一体内を頼めば良いんでですかねぇ。なんていっている間にペロッとメニューの裏側を見たら、そこにseniorの文字!何がシニアの意味なのかもわからないのに、よく見ると1ドルばかりやすい。これだ、これだってんで、2eggsのオムレツを頼みました。

 イングリッシュ・マフィンを半分にして、トーストしたものが付いています。果物が小さなカップに入ってきました。ぶどうが甘い!最初にメキシカンと思しきおじさんが飲み物はジュース?なんて聞くものだから、ジュースに。連れ合いはクラブハウスサンドイッチ。これで26ドルちょっと。

  今日はSeaHawksのhomeのオープニングゲームがあるそうで、デニーズの中もいかにもその手のファンばかり。デニーズに向かって歩いてくるときには前身羽で飾ったおじさんが通りかかり、そのおじさんがニコッとしたら、なんと犬歯にバンパイアのような尖った歯がはめ込んであります!唖然として見送った時にはときすでに遅く、写真を撮り忘れました。 

 SeattleからのフライトはAir Canadaのヴァンクーヴァー行きで機材はなんとDH-300。通常この機材だと機材の扉を下ろした部分が階段になっていてそこから乗りますが、今日は足の不自由なおばさんがおられるので、斜路になるゲートが横付けになっています。ここがアメリカのすごいところで、このおばさん一人のためにこの斜路が運んで来られ、二人の屈強な男性職員がやってきて、おばさんの前と後ろについて飛行機へ案内します。

  ことほど左様で、クルーズなんかでも車椅子の乗客がいるのは当たり前ですし、昨日泊まったホテルのコーテジーコールのバスも車椅子の人が乗りやすいゲートを装備しています。

  街中を走るバスも、車椅子の人がいるとステップから斜路が電動で降ろされます。そして乗客もそういう人たちが利用するのを当たり前として捉えています。日本のバスは運転手がいちいち運転席を離れて、板をセットするので、とっても時間がかかり、利用者も尻込みをしがちです。障害を持っている人の公共交通機関の利用のしやすさという点では設備も周りの乗客の考えでも、日本は先進諸国に大きく遅れていると言ってよいでしょう。その点ではオリンピックを本当にやるのであれば、その意識改革、設備改革は急務でしょうね。

  で、カナダ航空なんです。実は私はカナダ航空をこれまで依怙贔屓してきました。スタ−・アライアンスの中でUnitedはいつでも私の期待を裏切ってきていましたので、前回からカナダ航空を優先的に使ってきたのですが、今回のセルフ・チェック・インでは私のパスポートを認識しませんでした。そこで予約番号をわざわざノートを取り出してインプットしてようやく認識。するとシアトル→ヴァンクーバー(AC-8094)、ヴァンクーヴァー→オークランド(NZ-23)。オークランド→クライストチャーチ(NZ-513)の三枚のボーディングカードがヨレヨレの紙で出てきました。その次にバゲッジタグが。それをカバンにつけ。カウンターに行っておばさんに預けました。おばさんは何もいいません。ラウンジは入れるの?と聞くとハイ!と。

  ヴァンクーヴァー行きのゲート近くにあると聞いていたラウンジはUnitedのラウンジでした。じつはヴァンクーヴァー行きはモノクラス、つまりエコノミーしか設定されていません。これしか選択肢がなかったので、こうなってしまったのですが、案の定、United Loungeでは断られました。

  ゲートで私の名前を呼びます。行ってみると、バゲッジを預けた時のエビデンスがあるか?と聞きます。小さなタグを剥がしてノートに持っています。どうやらこれではなくて、通常ボーディングパスに貼られるあのエビデンスのことを言っています。私は持っていません。私の名前を呼んだお姉さんがもう一人のお姉さんに「これってどうするの?」と聞きましたが、そのお姉さん、それはそれは品のない表情をして、「知らないワヨォォ」とのたまわりました。おいおい、どうなっちゃうんだよ。「バゲッジは大丈夫なのか?」と聞くと「ふん」というだけだ。アァ、やっぱりカナダ航空もこんなモノなのねぇ・・・。
  そういえばかつてトロントの空港で自分がブックしたフライトがセルフチェックで出てこなかったという涙事件もありましたしねぇ。やっぱり北米軽飛行機会社はダメかなぁ。しょうがないのかなぁ。


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2015年9月27日日曜日

20150926 下船 Seattle

朝、午前5時半ごろに目が覚めた時にはもうすでに、船は一週間前に出発したSeattleのPier-91に着岸していました。

 Westerdamはまた今日の午後3時にはこの岸壁を離れて、遠路はるばるパナマ運河を通ってフロリダのFort Lauderdaleまで18日の航海にでます。つまり、アラスカ・クルーズは今シーズンはこれにて終了なんです。これからカリブ海クルーズが始まるのですが、なんと船会社は賢明にもただ回航しただけじゃ金になりませんからこれも商売に直結です。そのまま外側のベランダ付きに二人で乗ったら7,000ドルくらいするかもしれませんね。そりゃむりだ。

  この日の朝の予定は下船の予定だけがしっかり通知されるだけで、朝飯は一体全体いつも通りにサービスされるのか、それとも前夜に確保しておかなくちゃいけないのか、全くわかりませんでしたけれど、Dk-9のバフェレストラン、Lidoはいつも通りのサービスが行われていましたから、しっかりといつものオムレツを作ってもらいました。

  船室のベランダに出て見ていると乗組員がユニフォームのままぞろぞろと歩いてターミナルに入っていきます。何事かと思っていたら、彼らもアメリカへの入国手続きをしているわけです。

  私たちの下船は午前8時半からと通知されていましたけれど、それは私が空港へ送られるサービスを申し込んでいたからです。自分で勝手にタクシーで降りるといっておけば、多分下船は9時半ごろとなって船でゆっくりすることができたのでしょう。

 シアトルの街の見物コース付きの人たちは午前7時半に降りて行きましたが、もうその時には従業員の代表がそれぞれの部門からターミナルに立ってお客さんの見送りをしています。2000人が全員降りるまでやっているわけですから大変です。


Pier 91からSea-Tac空港まではほぼ30分です。今日一泊するホテルはCrown Plazaでダウンタウンへ行くリンクの駅の真ん前にあるので、歩いて行けないことはありません。しかし、つれあいの腰痛の様子が良くなさそうなので、駐車場ビルに渡ったところにあるホテルシャトル呼び出しで、空港のホテル出迎えバスを電話で呼んで、ホテルまで連れて行って貰いました。

 チェックインは午後3時からだというので、荷物を預けて、West Lakeまでlight railでまた出て行きます。というのは以前にバスにWest Lake Parkでイベントがある、と書かれていたからです。

なんのイベントかもわからず並んでみると、デジタル映像作家が作った暗闇の中で生きているアナログの存在である人間がデジタル環境の世界と共に成長する、というテーマみたいなんです。中に入ると真っ暗な空間にスクリーンができていて、そこに映し出される映像が確かに自分の体の動きに合わせて自在に動くというものなんです。そしてその動きのパターンが最後に自分のプロフィールの中に反映されるというわけです。こりゃ、要領を得てやらないとねぇ。

 出てきてから、何か説明があったのです。何かと思ったら、あなたのイメージを写真にして送るというのでアドレスをインプットしてくださいというのです。あとで確認したらシルエットのプロフィルが送られてきました。面白いからそれをfacebookのプロフィールにしました。


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冬の北国 ホニングスバーグ/ノルウェー 2025.02

   このそりに乗っかって、おばさんがす〜っと坂道を下っていくところに遭遇すると、とっても羨ましく感じるんだけれど、考えてみたら、帰りは押し上げて帰るんだよね。  やっぱ楽じゃないな。  真っ白い教会が雪景色の中で、なんと感動的なんだろう。  やっぱり雪に閉ざされた毎日を送った人...